平成生まれ昭和育ちへのインタビュー【知識と好奇心の宝庫・雨玉さん篇】

昭和の音楽が好きな若者は、年を追うごとに増えています。SNS上には中学生や高校生がいることも、珍しくありません。でも、いったい彼らはどうして昭和の音楽を好きになったのか?そのきっかけや思いをインタビューしていく、昭和ポップス倶楽部によるシリーズ「平成生まれ昭和育ちへのインタビュー」

平成生まれ昭和育ちへのインタビュー、第4回である今回は、昭和ポップス倶楽部きっての音楽マニアである、雨玉さんにお話を伺いました!

→過去の平成生まれ昭和育ちへのインタビュー

雨玉さんが音楽にハマったきっかけ

雨玉さん、いつもお世話になっています。今日はあらためてインタビューさせていただけるということで、よろしくお願いいたします!

はい、こちらこそよろしくお願いいたします!

さっそくですが、まず最初に雨玉さんが昭和ポップスに興味を持ったきっかけを教えて下さい。

僕は昭和ポップスというより、90年代の音楽から気になり始めました。そのきっかけは、子供の頃にドライブに行った時には親が流してくれたカセットテープが一番大きいと思ってます。

最初は90年代からだったのですね!雨玉さんは1990年生まれとのことですが、それは当時オンタイムの音楽を好きになったのでしょうか?

オンタイムもあったと思います。のちに両親が作ってくれていたカセットテープが大量に出てきました。
僕が最初すごく好きになったアーティストは、90年代の『DEEN』というアーティストでした。そのカセットも両親が作ってくれていて、そのおかげで昔の音楽を聴くようになったのかなと思います。

あと当時カセットは高速道路のサービスエリア内のお店にひとつのコーナーに売られていて、そこから買っていたりしました。車中では父が好きな長渕剛さんや松山千春さんがよく流れていて、僕も当時、桂 銀淑(ケイウンスク)さんというアーティストが好きで小学校時代はカセットでよく聞いていました。

なるほど。ではご両親が流してくれる音楽を、自然と好きになったと言う感じでしょうか。

そうですね。あと僕が幼稚園児だった時に放送していた「ポンキッキーズ」という番組でも音楽が流れていたんですが、今振り返ってみるとそれが結構よかったんじゃないかなと思うんです。安室奈美恵さんや大江千里さん、斉藤和義さんの楽曲がかかっていて、その中で流れたお洒落なサウンドがずっと頭の中に残っていたんじゃないのかなと思います。
その中だと、とくに斉藤和義さんの「歩いて帰ろう」と大江千里の「夏の決心」が好きですね。

へえ!そんな小さい頃から、今の雨玉さんに繋がるルーツがあったんですね。

そうそう。だから小さい頃からよく音楽に触れていたんだと思います。でも、小学校くらいの時はまだまだ昔の音楽を聴いているという感覚はなかったですね。レベッカの「フレンズ」は80年代の曲ですけど、当時90年代のドラマの主題歌になったりとかもしていたし。だから僕は当時「レベッカは90年代のバンドだな」っていう感覚でした。まだまだ情報がなかったし、インターネットはもちろん、そもそも携帯電話とかもなかったので・・・

そうですよね。。そんな中で、雨玉さんはどうやって情報収集をされていたんですか?

インターネットが登場して、中学の時に Yahoo messengerというサービスがあったんです。今でいうLINEに似た機能のサービスなんですけど、チャットが作れて、そこで何人かでトークができるんです。その中でいたんですよ、音楽をシステム化して流してくれる人が!Yahoo messengerの外部に昭和の音楽のベスト100みたいな感じで曲が置いてあるサイトがあって、選択するとリクエストされてそのサイトでかかるっていう。それはもうやばいのがあったんですよ!
その時はまだまだアングラな感じで著作権もちゃんと反映していなかった時代だったこともあって、大いに活用させてもらっていました(笑)

早くからネットを活用して情報収集されていたんですね!
昔の音楽が好きだと自覚されたのは、いつ頃でしたか?

それは中学校の時だったと思います。ちょっと話が遠回りになるんですが、まず小学校6年生ぐらいから通っていた英語塾で、自分の英会話をカセットに録音する宿題があったんです。その時に初めて 自分用のCDラジカセと録音用のカセットを買ってもらいました。もともと食卓ではずっとラジオを聴いていたんですけど、自分用のラジオを初めて手にして、ラジオって面白いなという感覚がありました。土日も朝7時ぐらいからラジオを聴きながらご飯を食べて、そのまま勉強するのが日常のルーティーンでしたね。
その中で思い出深いのは、小林克也さんが土曜日、当時は朝の7時から夜の11時まで生放送でやっていた番組です。そういったラジオ番組の一つに「19◯◯年の◯月のベスト30」みたいな特集をやっていて、そこで、曲名とアーティスト名を聴いて昔の音楽をちょっとずつ知っていきました。

そんな感じで僕はラジオを当たり前に聞いてたんだけれど、ある時、柔道の習い事のあと、送迎の車に友達と乗っていたらレベッカの「フレンズ」が流れたんです。そのときに同級生に「この曲何?」って聞かれたのが、自分の感覚が違うのかなって思ったきっかけでしたね。

どんな学生時代だった?

中学生くらいから80年代や90年代の音楽が好きだという認識が出てきたとのことですが、当時は周りに好きな人や趣味が同じ人はいたんでしょうか? 

ラジオが好きな人は何人かいました。でも周りにはいなかったかな。

そうなんですね。ご自身が好きな音楽を、誰かと共有したいな〜とはならなかったですか?

音楽をそもそも共有をしていたかって言われるとちょっと違うのかな。孤独を感じることも特になかったんです。
音楽で繋がった人はいなかったけど、当時はお笑いのブームが来ていて僕自身もお笑いのブームに乗っていたので、あんまり気にしていなかったですし、周りの友達がよかったんですよね。ちゃんと受け入れてくれたので、気にせず音楽に関しては楽しめていました。

でも今思えば、音楽の年代よりもカセットウォークマンを使っていたことの方が問題だと思っていて(笑)、高校になったら iPod が出てくるんですよ。当時はカセットウォークマンもまだ家電量販店の隅に売っていたんですが、もうMDからmp3の時代に入ってきていて、周りはmp3ウォークマンとかMDコンポとかで聴いてたんです。

えっと、カセットウォークマンはもちろん持ち歩いていたっていうことですよね……!

もちろんです。もうそのカセットやカセットウォークマンは手放してしまいましたが、大切な思い出です。

雨玉さんが特に好きな歌手

雨玉さんは、幅広い年代の音楽を聴いているイメージがあります。その中でも特に好きなアーティストはいますか?

雨玉さんのPCの楽曲リスト。ぜひ拡大してご覧ください。これだけ見てもカバーしているジャンルと時代の広さがうかがえます

一番最初に好きになったのは、シティポップが先なんですが、その中でも稲垣潤一さんと山下達郎さんが好きです。稲垣潤一さんに関しては、僕が昭和ポップスが好きって言うのを両親が知ってCDとカセットをくれたんです。一番最初にくれたカセットは、稲垣潤一さんの『J.I.』でした。他にもオムニバスみたいな感じでカセットが12本ぐらいセットになったものを親が持っていて、それを貰って聴いていました。あとは甲斐バンドさん、チューリップさん、加藤登紀子さんとか・・・
今考えると何でこの面々なのかはわからないんですけど、他にも両親からはたくさんカセットやCDをもらってましたね。

へえ!ご両親からの影響が本当に大きいんですね。もらったものの中でも印象的なCDってありますか?

2つあって、1つ目がKANさんの『野球選手が夢だった』『愛は勝つ』が収録されているやつですね。これは多分中古じゃなくて親が買ったんでしょうね。あともうひとつ、実は人生で1番最初に好きになったアーティストが槇原敬之さんなんですけど、彼のアルバム「pharmacy」ですね。しかもこれ初回盤なんです。

なんと!貴重・・・!

それがなぜわかるかというと、 ジャケットの絆創膏があるじゃないですか、絆創膏の粉のガーゼの部分がちょっと盛り上がっているんですよ。この凸凹があるのは、初回盤だけなんです。それをのちにWikipediaで知るという。

本当だ!ボコッとしてますね!!

カセットテープにしかない魅力

最近、レコードを集める若者は結構増えていますが、雨玉さんはCDだったりカセットテープで聴かれていることが多いのですね。とくにウォークマンもお持ちだったというカセットテープの魅力とはなんでしょうか?

カセットの魅力は、やっぱり持ち歩けることだったんじゃないのかな。あとシングルではなくアルバム的な感じがいいのかなと思います。
稲垣潤一さんのアルバム『J.I.』だとA面の1曲目『Maria』のアップテンポから始まり、『夏の行方』でちょっとヨーロッパの綺麗な海岸線的な雰囲気を感じながら『夏のクラクション』っていう、この流れが聞くのが本当にすごいと思って。次の曲『男と女』も夏って書いてないんだけれどもその雰囲気を引き継いでいて。
でも、B面はこれまた全然色が違うアルバムなんですよ。CD等とくらべると、改めてレコードとカセットは A 面 B 面があるっていうのはすごく上手な所があるなと思います。

あと僕が自分でレコードを買おうと思わなかったのは、当時、レコードを売ってるところをそもそも知らなかったんですよね。

たしかに、A面B面があるのとないのとでは、アルバムの作りが変わりますよね。あと最近はサブスクリプションサービスで音楽を聴いているメンバーも多いですが、雨玉さんはどうですか?

はい、最近ようやくYouTube  premiumに入りました。どうやらプレミアムにしかない曲もあるので、かなり機能的にも便利です。

でも、そもそもなぜその時代の音楽がハマったの?

そもそも……の話になっちゃいますが、わたしたち世代って、さきほど雨玉さんのお話にもあったように、親の世代の音楽を自然と耳にしている人も多いと思うんですよね。その中でも、昭和ポップスを好きになる人もいれば、もちろんならない人もいると思うんです。雨玉さんは、80年代や90年代の音楽のどういうところがご自身の琴線に触れたのでしょうか?

これは幼少期にどれだけ刷り込みがあったかという問題だと思っていますが、刷り込みがあったというだけではそうはなってなかったのかなという感覚はあって、やはり最初に聞いていた音楽が結構重要だったと思ってます。だから、やはりポンキッキーズは僕の中では重要だと思っていて、とくに僕にとっては小沢健二、米米クラブと大江千里のこの3組が重要だったと思うんですよ。昭和ポップスや、渋谷系とかのようなちょっとお洒落なシティポップを好きになるルーツって、絶対そこにあったんですよね。ちょっと90年代の色もあり、おしゃれな音楽みたいところもあって、多分そこに魅力を感じたのかな。

あと、僕はサウンドから入るんですよ。歌詞よりもとりあえず通しで聴いて、気にいった曲は後で改めて歌詞を見て、なるほどね、っていうふうに理解するんです。
今は YouTube とかでサビメドレーを聴いたり、最近だったら阿久悠さんや筒美京平さんの楽曲を集めた動画を流していると「あれこれ知らないけどいい曲だな」みたいな発見があるのでそこから興味をもちます。

サウンドから曲に興味を持つとのことですが、雨玉さんにとって、最近人気のシティポップのような「都会的」「アーバン」と表現されるサウンドの魅力とはなんでしょうか?

おそらく、曲と聴くシチュエーションを想像して聴けることだと思います。ドライブ中だったり、季節感だったり、時間帯まで想像して聴けるんです。

雨玉さんがお好きだと言っていたラジオも、季節感や時間帯、聴く人を想像して選曲されているように感じますよね。そういうところも、どこか因果があるのでしょうか。

たしかに。そういうところはあるのかもしれませんね。

雨玉さんが昭和ポップス倶楽部に参加したきっかけ

さて、ではそろそろ昭和ポップス倶楽部に関する質問をさせていただきますね!まず、このコミュニティに参加するきっかけはなんでしたか?

きっかけは「マツコの知らない世界」 という番組で昭和ポップスの世界の特集があるって言うのを Facebook の友達から聞いて、「なぜそこにあなたは出ていないんだ」って突っ込まれたんです(笑)それで出演したさにーさんのTwitterを見て、そこからかなえさんのTwitterに行き昭和ポップス倶楽部の存在を知りました。

発足当初から入っていただき、ほんとにありがたい限りです……!
学生の頃は、そこまで友だちと音楽を共有したいという感じでもなかったとおっしゃってましたが、このコミュニティにはどういった思いで参加されたのでしょうか?

基本的に僕が趣味で繋がってる人はみんな年上なんですよ。40代、50代の方達ばかりで。それで同世代の人たちと交流する機会がなくて参加してみようと思いました。

それと大きな理由が、僕はネット配信の活動をしているんですが、僕の番組ではない別の番組にスタッフとして2年ぐらい参加した時期があったんです。そこで女性アイドルについて話した時に、ちょっと否定的なことを言われたことがあって。結局その人が何でそんなことを言ったかっていうと、その方はリアルタイム世代で、僕がその当時の空気感が共有できていないところがあったせいで、それは違うんじゃないの、と指摘されちゃったんです。それは一つ苦い思い出としてありまして。
知識の共有や自分の好きな曲を話したり歌ったりっていうのはできるんですけど、空気だけはその世代の方とは共有ができないし、それに関しては世代の方には何も言えないので、どうしようもなくて。

なるほど、空気感を加味せず、純粋に音楽だけで楽しみ合うというのも、同世代との関わり合いならではなのかもしれません。

そんな経緯で入っていただいた昭和ポップス倶楽部も、雨玉さんが参加されてから半年がたちました。率直にこれまでの感想を聞かせてください!

一言で言ってしまえば「満足」ですね。
あとは、僕の知らなかったことがたくさんあるなと感じています。僕も自分は詳しいほうだとは思ってはいたんですが、改めて作詞家、作曲家とか編曲家を意識するのは倶楽部に入ってからなので、新たな視点で音楽を聴くことができるようになりました。
あとは倶楽部のメンバーだけではなくて、それ以外の方々とも知り合いになることができました。社会人になってから、一番知り合いが増えましたね。この歳になってここまで友人が増えるとは思っていませんでした。

そもそも今年はそんなに人と出会う機会が少ない中で、これだけの人たちと関わることができたことはありがたいことですね。後はヤングマスターでご飯を作らせてもらったり、生配信に出たり、新しいこともたくさん出来ていて、本当に入って良かったなーって思ってますよ。

定期交流会のプレゼンをするにも、知らなかったことがたくさんありました。あらためて誰かにプレゼンする機会じゃないと僕もこういうことをやらないし、人のプレゼンを聞くこともなかったんじゃないのかな。

そう言っていただけて、本当に嬉しいです。
交流会については、人のものを聞くのも勉強になるし、プレゼンする側も資料をまとめるなかで知っていくことがたくさんありますよね!

これからの昭和ポップスに何を思う?

さて、インタビューも終盤に近づいてきました。
今年は筒美京平さんをはじめ、服部克久さん、弘田三枝子さんなど、昭和の音楽史に功績を残された方々が亡くなられました。平成生まれの雨玉さんさんにとって、それらの方々はどんな存在でしょうか?訃報を聴いた時の率直な感情を教えてください。

筒美京平さんの話になっちゃうんですけど、本当に偉大な人だと思います。筒美さんをはじめ今のJ-POPに繋がる昭和ポップス・歌謡曲というものを作ってきた方々の影響というのは、多大にあるっていうことを亡くなられた時に思いました。これまで調べてきたなかでも、筒美さんの音楽がなければ今こういう風になっていないので、昭和ポップスっていうのは、日本のポピュラーミュージックにおいては本当に欠かせないものだし、あれだけ偉大な人たちがいたのは本当に感謝しなきゃいけないな、と思います。

昭和ポップス好きな若者が注目され始めたり、最近だとその筒美京平先生が亡くなられた影響もあって、2020年はメディアでも昭和ポップスが多く取り上げられました。このムーブメントについて、雨玉さんはどう思われますか?

今は鶏が先か卵が先か状態にちょっとなりかけてるかなーって感覚はあります。メディアのやっていること自体は悪くないと思うんですけど、色がついちゃってるのかな。正直、僕は昭和ポップス好きだけれども、ファッションも別に昭和じゃないし、レコードも集めてない。だけど、メディアとしてはそっちのキャラクターを取り上げがちじゃないですか。そうではなくて、もう少し広くとらえて、音楽の歴史の流れの中で昭和ポップスというジャンルを語って欲しいなと思います。音楽にフォーカスが当たっているというよりかは、音楽を聴いている人に光が当たってしまっているのはいかがなものかなという感覚はありますけどね。

その現象は私も嬉しくもあるんですが、同時に危惧もしていて、昭和ポップスに携わった作家さんたちや歌手の皆さんはどう思われているのか誤解を招いてしまいそうで、自分の活動に変な尾ひれがついてしまったような、複雑な心境でもあります。
そういう、見た目でわかりやすい特徴はないけど、純粋に好きで聴いているって言う人たちもいるんだなっていうことを、今後の活動を通して知ってもらえればいいなと私も思っています。
雨玉さんのように、純粋に音楽が好きで昭和ポップスを聴いている方がインタビューに答えてくれることには、そういう点でも意味があることだと思います。

今回は協力してくださって本当にありがとうございました!

こちらこそ、ありがとうございました!


雨玉さんは音楽の聴き方も考え方も柔軟なのだけど、一方でどこか根底にある芯みたいなものも感じます。

逆に言えば、音楽が好きという本質さえあれば、聴き方にも、表現方法にも、こだわったっていいし、こだわらなくてもいいはず。アナログのよさを好んだっていいのと同じように、効率の良さを選んだっていいはずです。ジャンルにも年代にも、周りにだって、本来縛られる必要はないはずですよね。

「良い音楽をもっと聴きたい、知りたい」という純粋な本質からスタートし培われた雨玉さんの音楽観や幅広い知識からは、平成生まれの中でもとりわけ、そんな変な垣根みたいなものに縛られていないような印象があります。そんな、雨玉さんのいい意味での先入観のなさからは、まさに「平成生まれ、昭和育ち」という感じを受けたのでした。

雨玉さん、ご協力いただきありがとうございました!

雨玉さん情報

雨玉・澪(みお)のご飯を食べよう!
雨玉さんがパートナーの澪くんとご飯を食べた記録を積み重ねているブログ。隠れ名居酒屋ばかりでどの記事も楽しいです。ぜひご覧ください!

昭和ポップス倶楽部では、ともに楽しむ仲間を募集しております

本記事のように、昭和ポップス倶楽部では定期的に「平成生まれ昭和育ち」へのインタビューを企画しています。倶楽部メンバーやその内外の方に、どのようにして昭和ポップスを好きになったのか?を訊いていく予定ですので、今後もお楽しみに。

昭和ポップス倶楽部では、イベントやプレゼン交流会、それから普段はチャットルームでの交流、週2回のコラムなど、昭和の音楽を愛する若者たちが楽しめるコンテンツを常に考えています!

※2020年の時点で満35歳・昭和60年生まれ以下の方が対象です
※週2回のコラム配信のプランは年齢関係なく参加できます。まずはお試し読みという方もぜひご参考までに、過去はこんなコラムを配信しています→「昭和ポップス倶楽部」コラム一覧

どういう感じなのか気になるけどちょっと勇気が出ないな…という方は、代表のかなえさんやさにーまでお気軽に質問してみてくださいね!

かなえさんTwitter
さにーTwitter

昭和ポップス倶楽部
昭和ポップス倶楽部の詳細はこちら

この記事をシェアする

最近の記事

人気の記事