森昌子 ( もりまさこ )

森昌子の基本情報

  • 生年月日: 1958年10月13日 (61歳)
  • 出身地: 栃木県宇都宮市
  • 本名: 森田昌子
  • キャッチフレーズ:「あなたのクラスメート」
  • 1972年7月1日、「せんせい」で 13歳のときにデビュー。現在、デビューしてから 47 年たちました。

レコード・CD売上枚数

シングル売上ランキング

発売年 曲名 売上
(万枚)
1 1972.7 せんせい 51.4
2 1972.10 同級生 36.7
3 1973.2 中学三年生 32.9
4 1973.5 夕顔の雨 20.2
5 1973.8 白樺日記 16.6
5 1975.9 あなたを待って三年三月 14.9
7 1981.7 哀しみ本線日本海 14.3
8 1975.6 面影の君 13.7
9 1973.10 記念樹 13.6
10 1974.7 今日も笑顔でこんにちは 12.9

※累計売上のランキングです。出典:株式会社オリコン(1997)『1968-1997 ORICON CHART BOOK』

森昌子ってざっくりいうとこんな人

  • 1971年、日本テレビ『スター誕生!』に13歳で出場。初代グランドチャンピオンとなる
  • 1973年『NHK紅白歌合戦』に当時最年少の15歳で初出場を果たした。2008年に大橋のぞみちゃん(当時8才)が出場するまで、この記録が破られることはなかった
  • 1986年に歌手の森進一と結婚し、一時芸能界を引退する
  • 2005年に離婚。3人の子を抱え生きていくために翌年歌手復帰する
  • 2009年には子宮筋腫と子宮頸がんが見つかり、翌年子宮全摘出手術をしている
  • 2019年いっぱいで2度目の引退をすることを発表している
  • モノマネが得意。八代亜紀がいちばんうまい
  • 長男はロックバンド「ONE OK ROCK」のボーカリストであるTaka。三男はロックバンド「MY FIRST STORY」のボーカリストであるHiroこと森内寛樹

森昌子のエピソード

森昌子は内気な少女だった

  • 幼少期は内気な性格すぎて、「分度器を買って」のひとことが言えず、指を駆使して角度を測れるという技術を身に着けた。
  • 栃木から東京へ転校したがなじむことができず、学校に行くふりをして下校時間まで通学路の電信柱に隠れていたという。もちろん給食も食べれないので、地面の三つ葉を手ですりつぶして食べ、空腹をやりすごしていた。

歌いたくなかったのにオーディションに出ることに

  • 中学校一年生の夏、叔母に「ワンピースを買ってあげる」とだまされ、東京有楽町にあるデパート「そごう」に連れて行かれて「スター誕生!」のオーディションを受けることになってしまった
  • すんなり1次審査を合格し、その後も合格したくなかった昌子は、2次審査にて「騙されてきたんです」と訴えたが、それが謙虚だととらえられてしまい、また合格してしまう
  • 本選では1分でも早く帰りたかったため、頑として受からないスタイルを貫き、本番開始1分前まで「少女フレンド」を熟読していたが、阿久悠の猛プッシュもあり見事初代グランドチャンピオンに輝いてしまう

イタズラ好きな一面も

  • 本番前にヘアスプレーを1缶まるまる八代亜紀の髪に噴射して、ガチガチにしたことがある
  • 仕事のストレスが溜まっていたこともあって、花の中三トリオの3人で生放送本番直前にトイレに隠れるなど大人にイタズラを仕掛けたことがよくあったという

子どもにばれないように紅白出場する昌子

  • 1986年に結婚してからメディアに姿を見せていなかったが、2001年末の紅白歌合戦で久々の紅白のステージに登場した。しかし普通の母親としての姿しか見たことがない子どもたちを驚かせるわけにいかないため、バレないようチャンネル権を実の母に任せ「ちょっとキャベツとネギを買いに行ってくる」といって外出。リハーサルなしのぶっつけ本番で紅白に出場し、終わったあと放送終了を待たずして直帰
  • 1986年に引退してから毎年、紅白のオファーが来ていたが、そのたびに「もう家庭に入っていますので」ということで断っていた。しかし2001年はミレニアムで記念だからぜひともと言われ、根負けして出ることになった
  • 子どもには小学校4年生になるまで歌手であることを隠していたが、これは「あなたたちだけの母親だと思わせてあげたい」という思いからだったという。レコードやトロフィーなど芸能活動に関するものは一切置かず、子守歌や鼻歌も歌わない徹底ぶりだったとのこと(以下引用)

森を悩ませたのは“昭和の名曲を振り返る音楽番組”。自身が出てくることを察知すると、慌ててテレビを消していたという。「年末になるとマズいんですよ。『レコード大賞』って出てきたりすると」。
しかしある日、息子たちが友人から“歌手・森昌子”について聞き、隠し続けていた過去が発覚。観念して自身の半生を打ち明けたことを明かした。

森昌子 息子に歌手だった過去隠していた 紅白出場時も「買い物に行ってくる」

この人のここがすごい!

その後の同世代アイドルを牽引した人

森昌子は1971年、のちの伝説の番組『スター誕生!』に13歳で出場し、初代グランドチャンピオンとなった。

このとき、審査員であった阿久悠が「あの子で行こう」と猛プッシュしたという。それはテレビを見ている同年代の子たちが「あんな田舎のぽっと出の普通の子でもできるのだから、私も出ていいかもしれない」と思うだろうという狙いがあったらしい(※1)。その後、阿久悠の目論見通り、「自分にもできるかも」と希望を見出した同年代の女子たちが続々とこの番組に応募するようになる。

(岩崎宏美のインタビューより)
中学2年生のときに同い年の森昌子ちゃんが「スター誕生」でデビューしたのを見て、「普通の女の子でも歌手になれるんだ」とショックを受けました。
歌手・岩崎宏美(1)百恵ちゃん、淳子ちゃんができない棒のぼり 私が上がるとどよめきが…

歌手・森昌子の数々の偉業

  • 13歳にして、後のおばけ番組「スター誕生!」の初代グランドチャンピオンに
  • 1973年に当時最年少の15歳で「NHK紅白歌合戦」初出場
  • 1979年、新宿コマ劇場で史上最年少女座長として「森昌子公演」を行う
  • 1985年、27歳で「NHK紅白歌合戦」史上2人目の、司会とトリを同時を務めあげる偉業を達成

受賞歴

●1972年
第14回日本レコード大賞 新人賞「せんせい」
第3回日本歌謡大賞 放送音楽新人賞「せんせい」
第5回日本有線大賞 新人賞「せんせい」

●1981年
第23回日本レコード大賞 金賞「哀しみ本線日本海」

●1983年
第25回日本レコード大賞 最優秀歌唱賞「越冬つばめ」

関連サイト

参考資料

※1 テレビ朝日「激レアさんを連れてきた。」 2019年6月29日(土)

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