魔女の宅急便でキキが魔法を使えなくなったのは「根拠のない自信」の喪失かもしれない

無敵の笑顔

愛知にできたジブリパークに行くにあたって久しぶりに「魔女の宅急便」を観た。久しぶりに、と言ったが、大人になってからまともに観たのは初めて。正直「ラピュタ」などの冒険活劇や「もののけ姫」の荘厳さと比較すると、日常を描いたこの作品は地味な印象も強く、そこまで期待をしていない状態での鑑賞となったが、観終わった今はデコをこすりつけて「すいませんでした!!!」と言いたい気持ちである。作品として面白いのはもちろん、自分の思春期と重ねられる部分も多く、つい感極まってしまった。

何かを喪失して大人になる

「自分も子どものとき、魔法使いだったんじゃないか」。観終わってまず感じたのはこれだった。私はいわゆる普通の家庭に育ち、父も母も姉もみんな面白く大好きだし愛されて育ったと思う。三食美味しいご飯も食べられたし、安心して寝る場所もあり、好きな習い事も続けさせてもらって、今思うと恵まれた環境だったと思う。私は明るく元気に、そして少々生意気に、すくすく育った。

キキもそうだ。母親の愛を目いっぱいにうけて、わがままも優しく聴いてくれる父親がいて、小さい頃からの馴染みの友達がいて、自分だけの特別な「魔法」という特技もあって、キキはとても幸せだったろう。明るくて素直に育つことができ、そのめいっぱいの幸せを胸に、自信いっぱいで故郷を出たはずだ。

お父さん、高い高いして!

しかし壁にぶち当たるのに時間はかからなかった。そのうち自信もなくし、魔法も使えなくなり、ジジの声も聞こえなくなる。

そう、「気づいてしまった」のだ。自分はさして特別ではないこと、頑張っても必ず報われるわけではないという理不尽に。自分というものは社会の中ではちっぽけで無力な存在でしかないのだと、13歳にして社会に出たことで気づいてしまった。人はこちらが笑いかけたら優しくしてくれるということも当たり前ではなく、そういう人がいかに貴重な存在かも知ってしまった。

気心知れた幼馴染も、心配してくれる近所のみんなも、「何があっても愛してくれる存在」だった親もいない。その安心感ありきで親にしていたような傍若無人なわがままも、もう言えない。今まで持っていた「自分ならできる」という「若さゆえの根拠のない自信」は、絶対的なものではなく、環境が叶えてくれていただけだったのだ。キキは独り立ちしたことで「自信がなく」変わってしまったのではない。周囲からの無償の愛が自分に自信を持たせてくれていただけだったことに、故郷を出て初めて気付いたのだ。

根拠のない自信という強力な魔法

根拠のない自信というものほど、無敵なものはない。その根拠は理屈ではないから、どんなまっとうな理論で反論されても、覆らないからだ。悪く言えば世間知らずだが、その若さゆえの勢いがあってこそ叶えられることがたくさんある。

では、「若さゆえの根拠のない自信」という強力な魔法が切れてしまった魔女は、一体どうやって生きていけばよいのか?しんどくても、人は日々を生きていかなければいけない。絵描きなら絵を書かなければ生きていけないし、宅急便なら荷物を運び続けないと生きていけない。キキは飛べなくなったことで「届け物をする」という手段そのものを奪われてしまったから仕事を休むしかなかったけれど、一般の大人たちはそうはいかない。ちょっと落ち込んだ、自信喪失してしまった、スランプに陥ったくらいでは休むことはできない。そういうときは、ウルスラも言っていたようにジタバタする。あがく。不格好でもぼろぼろでもいいからやり続ける。そうしていつかその中にやりがいを見出したり「そうだ、こうやるんだった」という感覚を取り戻したりして、生きていく。人生ってけっこう大変だ。でもそれでもたまに踏ん張らなきゃいけないのが社会人というものだったりする。キキはこの出来事を通して立派に社会人というものになったわけだ。

自分のアイデンティティとはなにか

先輩風びゅうびゅうネキ&ネコ

「なにか特技はあって?」と聞いてくる先輩がいた。キキは答えられなかった。周りに魔女がいない環境では、「魔法が使える」ということ自体が自分の特徴であり、ステータスであり、アイデンティティだった。魔女を珍しがる街で修行するのであればなおさら得意気に思えたはずだ。そんな中で魔法を失ってしまったキキは、自分というものを喪失してしまったくらいのショックを受けたことだろう。自分というものを表すものがなにもなくなってしまったと。自分の良いところなんかひとつもなくなってしまったのではないかと。

でも、魔女というものは血によるもの。実はもともとキキのものではない。絵描きのウルスラが「血に感謝する、そのせいで苦労することも多いけど」というようなことをいっていた。普通あれほどの絵をかけるようになるには相当な努力が必要だったはずなのに、それを「血」と言ってしまうのはなぜか。それは、本当に彼女にもともと才能があって、苦労せずとも誰よりうまく絵をかけた時代があったからだろう。そしてふとある日それができなくなった。それは、自分よりはるかにすごい絵を描ける存在を見つけてしまったのかもしれない。あるいは描いていても楽しくないことに気づいてしまったのかもしれない。いままで才能に任せて絵を書いていたウルスラは、もはやどのように絵を書いていたかわからなくなってしまった。しかし彼女はそこからあがいて、「血」つまり才能が勝手に書いた(どこかで見たような)絵ではなく、自分の意志のもと絵筆を動かし、何を書きたいかを自問自答し、描きたいものを自分で決めて描くという今の生き方を獲得した。だから誰も棲んでいない森の中で暮らすことを選択したし、ともすれば男と間違われるようなカッコを堂々とし、それを指摘されても「この脚線美がわからんのか」と言うことができたのだ。

キキもウルスラもcv.高山みなみさん

そしてキキも、これからそこを乗り越えなければならない。魔法というものはただの才能でしかない。どういう意志を持って、誰のために魔法を使いたいかを自分の頭で考え、相手のために何ができるのかを自問自答し、出した答えを信じて行動していくしかないわけだ。

子供のころと同じ魔法は二度と使えない、けれど

終盤、キキはそのことを頭で理解したかはわからないけれど、身体が大切な人のために、助けたい人のために動いた。故郷を出るときも思い立ったら即行動!だったキキ、あれこれ考えずやると決めたら即なにがなんでもやるキキが戻ってきた部分である。

「明るくて素直なキキはどこへ行っちゃったんだろう」というセリフがあったが、これまで「明るくて素直なキキ」は、生まれ持った環境や周りから注がれる愛情によって無意識に成り立っていた。ところが「意識」をし始めてしまった今、そのアイデンティティは誰かに慰めてもらったり、同じ環境(故郷)に戻ったとしても完全に取り戻されるものではない。ところがキキはその「明るさ ≒ 自信 ≒ 魔法」を、トンボの危機に直面したことで取り戻すことができた。つまりそれは、気づいてしまったあと(根拠のない自信という魔法が切れてしまったあと)も、「それでも衝動的に自分を奮い立たせてしまうなにか」によって取り戻されるものだったわけだ。優しくしてくれる人(トンボ)に冷たくしてしまうイヤな自分の存在に気づき、自分の愚かさを確認しながらも、そんなモヤモヤを軽く凌駕する「彼を助けなければ」という自分の強い意志を認識したことで、自分を取り戻すことができたのだ。

必死に手を伸ばすキキ

そこで手に入れた自信というものは、若さゆえの根拠のないそれとはまったく違うものである。だってこれは、一度なくしてもまた何度でも手に入れることができるのだ。環境に依存せず、自分の思考と選択次第でいつでも手に入れることができる。

思春期に失い、手に入るもの

私は自分の思春期のときの葛藤をよく覚えている。なにか特別な「自分じゃなきゃもっていないもの」がほしくて、あがき、しんどかった。「根拠のない自信」の喪失を認めるのが怖くて、一生懸命気付かないふりをしていた。だからこそキキの自信が失われていくさまや、失われるに十分なストーリーは、なかなかつらいものがあった。キキにはなんにも気づかずにいつまでもお父さんに高い高いをねだる子でいてほしかった。でも社会は否応なしにその自信という魔法を削っていく。

でも、だからこそ、どんなときでも明るく笑い飛ばし嫌味なく助けてくれるおソノさんの優しさや、何も言わないけれども実はずっと自分を心配してくれているパン屋のだんなの優しさ、自分のためにケーキをつくってくれ、誕生日を聞いてくれるおばあさんの優しさがどれだけ有り難いものか、本当の意味で気づくことができる。善意という、涙が出るほどあたたかい魔法。魔法が使えないただの人間たちによる、そんな見えない魔法に包まれて自分が生かされていることを知るのだった。

冒頭で、「私も子どもの時に魔法使いだった」と書いた。自分が世界の中心と無意識に信じ込み、毎日日が暮れるまで遊び呆けて、朝はギリギリまで寝て、学校へ勢いよく飛び出していた。今思うと傍若無人な、でも楽しすぎる毎日だった。魔法の喪失はその分痛みを伴ったが、魔法使いでいられる環境は当たり前ではない。今さらながら、生意気でわがままだった子ども時代に愛をくれた親きょうだい・友人たちには、恥じ入りつつも感謝したい。私が魔法使いでいられたのもあなた達のおかげです。キキも大人になってこのころのことを思い出し、恥じ入りながらそう思うのかもしれない。


『魔女の宅急便』
1989年公開(ギリ昭和じゃないけどBGMがユーミンだから……)
監督:宮崎駿
脚本:宮崎駿
原作:角野栄子

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