沢田研二『カサブランカ・ダンディ』は歌詞とジュリーがひとつになった、阿久悠の傑作。

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曲の情報

沢田研二『カサブランカ・ダンディ』
作詞:阿久悠
作曲・編曲:大野克夫
リリース:1979年2月1日
オリコン売上:39.0万枚
1979年・年間ランキング:26位

イントロでウイスキーの瓶を片手にもち、それをくいと口に運び噴き出す姿。こんなキザでスカした演出がサマになるアーティストは、昨今とおして一体どれだけいるでしょうか。

リリースされてから40年の時を経て、私もその姿に魅せられた一人です。初めてジュリーがこの曲を歌う映像を見たときの衝撃。あれを一生忘れることはできないでしょう。できることなら、もう一度ジュリーを知らない頃に戻って、あの衝撃をもう一度味わいたい。
『カサブランカ・ダンディ』は、そんな沢田研二の曲の中で、私がいちばん最初に聴いてほしい一曲でもあります。

ウイスキーを噴くパフォーマンスや、暴力的にも感じる歌詞のインパクトにつられて、歌詞をよく考えたことがなかったという方もおそらくいるでしょう。
私はこの歌詞の世界観を、阿久悠さんの作詞した曲のなかでも、トップクラスの完成度であると思っています。

ききわけのない 女の頬を
一つ 二つ はりたおして
背中を向けて 煙草を吸えば
それで何もいうことはない

(中略)

ボギー ボギー
あんたの時代はよかった
男がピカピカの気障でいられた

引用:『カサブランカ・ダンディ』歌詞全文

先日、この曲の歌詞について、ちょっと気になる解釈を見つけました。




過去の栄光にすがる作詞家・阿久悠説

2015年発売『1979年の歌謡曲』(スージー鈴木著,彩流社)の中で、『カサブランカ・ダンディ』はを1979年を象徴する一曲だとして紹介されています。

1979年は、歌謡曲最後の年

まずこの曲が発売された「1979年」がどんな年か。『1979年の歌謡曲』内で、著者のスージー鈴木さんはこのように記しています。

1979年(昭和54年)の歌謡界は、
「ニューミュージックと歌謡曲の一年戦争」という感じの、混沌とした空気感が漂っていた。
ピンク・レディーはこの年に完全に奈落の一途をたどり、
山口百恵は三浦友和と交際宣言、沢田研二も明らかに過渡期に突入。

まず、それまで五木ひろし、森進一、都はるみなどがレコード大賞を受賞してきた中、
1977年には沢田研二の『勝手にしやがれ』が受賞。
さらに翌年、人気絶頂のピンクレディが、『UFO』で、史上初の女性アイドルとしてのレコード大賞を受賞。
そんな中、さらに新たな波が音楽界を大きく変えます。1979年に入り、ニューミュージックが急速に力をつけてきたのです。

急速に力をつけたニューミュージックの波が押し寄せたことで、「野暮ったい」「湿っぽい」ものだった歌謡曲から、「洗練された」ニューミュージックに人々は流れていきました。
そして1980年には、松田聖子、たのきんトリオらがデビュー。アイドルポップスが音楽界を席巻し、それを作詞作曲するのはシンガーソングライター、という構図も確立され、70年代の音楽シーンを担った職業作詞・作曲家はだんだんと影をひそめるようになっていきます。

音楽界はこのように、1979年境に大きく変化したのです。
『1979年の歌謡曲』では、歌謡曲史の中でも、この1979年のみに的を絞り曲を分析しています。


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『カサブランカ・ダンディ』が好きではない理由

この中で、「沢田研二ファンを自認する私(著者・スージー鈴木)であるが、この曲は正直好きではない」と綴られています。
その理由とは、みるみるうちに変わっていった日本の音楽界にたいして、危機感を覚えた阿久悠の「懐古」に聞こえてしまう、というもの。

『カサブランカ・ダンディ』の歌詞は、自らの作詞世界が、手放しに受け入れられた時代への懐古と捉えられなくもない。 [……] 鋭敏な時代感覚を持ち、それだけで勝負してきた阿久悠からすれば、松本隆的・『勝手にシンンドバッド』的な新時代のムーブメントが放つ黄色信号を全身で受け止めたことだろう。

スージー鈴木『1979年の歌謡曲』彩流社, 2015年, p.18

「ボギー ボギー あんたの時代はよかった 男がピカピカの気障でいられた」
この歌詞を書いた時、阿久悠41歳。そしてこの1979年の雰囲気。歌謡曲の作詞家として先頭に立って走ってきた阿久悠の時代感覚が、だんだん世間と合わなくなってきたことに対しての懸念と、当時の音楽の流行に対する警戒心のあらわれのように聞くこともできそうです。

カッコいい男はみじめであるほど美しい説

しかし、私はこれを真っ向から反対したい。 『カサブランカ・ダンディ』は、この曲は決して懐古厨の曲なんかじゃないと。

この曲のテーマ「破綻を前にした深い愛と悲しみ」

私はこの曲を通してのテーマは「もう破綻するとわかっている女との愛を前にした、カッコもうまくつけられないみじめな男の深い悲しみ」だと思っています。

ききわけのない 女の頬を
一つ 二つ はりたおして
背中を向けて タバコを吸えば
それで何も いうことはない

うれしい頃のピアノのメロディ
苦しい顔できかないふりして
男と女は流れのままに
パントマイムを演じていたよ

「苦しい顔できかないふり」「パントマイム」「芝居を続けていたよ」……歌の節々にほとばしる切なさと痛みが、そこにあるように感じられてならないのです。

この曲の歌詞の解釈について、私自身が音楽メディアに寄稿した記事からの一節です。

(「男のやせがまん 粋に見えたよ」の歌詞に対して)「やせがまん」だとはっきり言ってしまっています。ボギーのいた時代には、そのやせがまんでさえもカッコよく見えていたのに、どうして今自分はこんなに苦しでいて、なぜこんなにカッコ悪いんだ、という悲痛な叫びが聞こえてきます。

現代の男性にこそ聴いてほしい!「カッコ悪さ」を体現したジュリーの「超カッコいい」渾身の一曲

ボギーとは何を指しているか。歌詞に出てくる「時代」の意味とは。それをふまえて考えてこそ、この歌詞を本当の意味で心で噛みしめることができるのではないかと思うのです。

こちらが歌詞の詳しい解釈を書いた記事になります。(私が書いた記事です)
現代の男性にこそ聴いてほしい!「カッコ悪さ」を体現したジュリーの「超カッコいい」渾身の一曲

男がカッコつけていきがる姿、そしてそれはダメだとわかっていながらも、どうしようもできないみじめさ。不器用さ。

人間として、これ以上美しい姿ってあるでしょうか?もう、悲しいほどに、人間らしいとは思いませんか。

そしてそんなみじめな姿を、誰あろう、美貌も色気も歌唱力もパフォーマンス力も兼ね備えた、皆が魅了されるスーパースター「沢田研二」が演じるのです。人間離れしたその存在が、めちゃくちゃカッコ悪い人間の業を、演じてみせるのです。

これほどまでに、歌い手と曲が互いに相反し、それでも共鳴しあう歌というのも、そう多くはないでしょう。

これか、私が『カサブランカ・ダンディ』が好きな理由、懐古厨ソングではないと思う理由です。

また、この記事内では言及できませんでしたが、大野克夫さんによる作曲・編曲をなくしてこの曲の雰囲気をつくりあげることも不可能です・・・!このあたりの聴きどころについては、また別の機会に記事にしたいと思います。

なぜ歌詞の解釈はこうも人によってかわっちまうのか。

1979年という時代を経験していない私にとっては、その時代を肌で感じた空気感というものがわかりません。時代と歌が表裏一体だとするならば、その時代に実際に生きていたほうが、その音楽がどんな立ち位置だったのかを理解したうえで考察することができるでしょう。

しかし、です。そういう時代だったからこそ真っ直ぐに理解してもらえなかった、という可能性だってあると思います。「リアルタイムで発売された音楽を聴く」ということには、音楽以外に干渉してくるものが多すぎるのです。その時の年齢、世相、流行り、景気、それから歌手や作詞家たちに対する潜在的なイメージなど。それは今の音楽でも言えることです。

だからこそ、そういう背景から切り離された今になって、70年代〜80年代の音楽が再評価されてきています。あの曲は「あの時代だから流行った曲」じゃない。今聴いても、いつ聴いても、なぜか心にくるものがある、と。

実際『カサブランカ・ダンディ』は好きじゃない、と語ったスージー鈴木さんはゴダイゴやサザンを好んでいますし、彼が出演する番組『ザ・カセットテープ・ミュージック』では、松任谷由実やYMOへの深い思い入れを語っています。彼は、いわゆる歌謡曲よりもニューミュージック派なのでしょう。

彼はもしかしたら、ちょうど「ニューミュージックってかっちょいいなぁ〜」「歌謡曲は湿っぽいしもう時代おくれだなぁ〜」 というまさに1979年の波に乗って子供時代を送ったのかもしれません。年齢的にも。そしてその当時の「歌謡曲」「作詞・阿久悠」のイメージから、先入観の入ったイメージがついてしまったとしても、おかしくはないですね。ニューミュージックが歌謡曲だけの日本にとって革新的だったことも、間違いないのですから。
もっとも、人が音楽を聴くときにここまで深く考えながら聴くのかというと、そうじゃないですよね。私は「この歌について、どうしてこんな感情が湧いてくるのだろう」と分析したいタチなのでこんな記事を書いていますが、ある意味、最初にぱっと耳に入ってきたときの印象が全てとも言えます。その印象でなんだかあまり好きでなかったというのであれば、それはもう好みのハナシです。今回は歌詞の意味が好きじゃないということだったので、ちがった歌詞の解釈もありますよ〜、という話をしています。

だからもちろん、この曲を嫌いな人がいたっていいとは思います。ただ、好き・嫌いの感覚なんてその時の時代背景や環境が決めているようなものです。それによって「好き」になれたかもしれないものを「嫌い」になってしまうことや、「嫌い」に寄って考えてしまうことは、しょうがないことですが、もったいないなと感じています。

私の解釈が正解というわけでもまったくありませんし、人それぞれの正解があると思います。ただ、大作詞家・阿久悠さんの詞なわけですから、こんな前向きな解釈があってもおもしろいんじゃないでしょうか。

あなたにとっての『カサブランカ・ダンディ』はどんな曲か、ぜひ教えてください。

 

 

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