山本リンダ ( やまもとりんだ )

山本リンダの基本情報

  • 生年月日: 1951年3月4日 (70歳)
  • 出身地: 福岡県小倉市
  • 本名: 稲葉あつ子(旧姓:山本)
  • 血液型: O型
  • 1966年9月20日、「こまっちゃうナ」で 15歳のときにデビュー。現在、デビューしてから 54 年たちました。

    補足 : 母に楽をさせたいと思い、モデルのオーディションに応募をする。1962年に雑誌『装苑』のモデルオーディションを受けたことをきっかけに、人気モデルとして活動する。

山本リンダの代表作品

代表曲

  • こまっちゃうナ
  • どうにもとまらない
  • 狙いうち

個人的なおすすめ曲

  • 太陽の落し子

都倉俊一さんが語る「どうにもとまらない」

「狙いうち」「どうにもとまらない」等の作編曲を手掛けた都倉俊一さんのインタビューです。

──そういう意味では、総合プロデュース第1弾アーティストは山本リンダさんということになりますか。
都倉:そう言っていいでしょうね。あれは、テレビ局のディレクターから僕が頼まれたんですよ。引き受けようと思ったのはね、そのディレクターが、テレビであの子を作りたいと言ってきたから。テレビというのは、何よりもまず、ビジュアルがあるわけでしょう。それで面白いと思ったのね。リンダ自身も、可愛い子ちゃんのアイドル歌手を卒業したものの低迷している時期で“何でもやります!もう、どうにでもしてください!”という姿勢だったから、自由な発想ができました。

──最初にどんな事をイメージされたんですか?
都倉:僕はね、リンダを絶対にイイ女にしたいと思ったんだ。どんな事をしても。だって、実際イイ女なんだよ。当時まだ22~3歳でね、スタイルは抜群だしね。そのイイ女を、ただのイイ女じゃなくて強烈な個性を持ったイイ女にしたいと思った。僕の中には、もう絵(テレビの映像イメージ)が浮かんでてね、それで、イントロがあって、メロディがあって、サビがあって、ああしよう、こうしようというアイデアが猛烈に出てきて、スコアを書いた。

──それが「どうにもとまらない」?
都倉:そう。最初からサンバのリズムでいこうと考えていてね、サンバロックみたいなものをやりたいと。それで、イントロからアレンジまで完成した曲を阿久さんに渡して、歌詞を書いてもらった。そしたら、「恋のカーニバル」というタイトルの詞ができてきた。

──最初は「恋のカーニバル」というタイトルだったんですか?
都倉:そうなんだ。なぜならば、サンバだったから。あまり面白くないタイトルだよね。でも、「恋のカーニバル」としてレコーディングしたんですよ。だけど、録音が終わったら、その場にいる誰もがね、鼻歌で♪どうにもとまらない~って歌ってる。スタッフも含めて全員がね、♪どうにもとまらない~を連呼してる。誰も「恋のカーニバル」とは言わないんですよ。それで、誰が言い出したのかは忘れましたけど、♪どうにもとまらない~を、そのままタイトルにしちゃおうって。

都倉俊一 │ うたまっぷインタビュー 2020年11月24日時点

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